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広島地方裁判所 昭和43年(ワ)960号 判決 1970年9月30日

原告

三上宏

被告

有限会社宝塚タクシー

主文

被告は原告に対し金二八五万円及びこれに対する昭和四三年九月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の各負担とする。

この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告

(一)  被告は原告に対し金八四八万八、八四七円及びこれに対する昭和四三年九月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二、被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、原告の請求原因

一、訴外亡三上浩壮(以下浩壮という。)は、昭和四〇年一一月二四日午後七時頃、第二種原動機付自転車を運転して、広島市千田町一丁目日赤病院前交差点附近の道路上を鷹野橋から千田町方面に向つて進行中、右交差点を千田町方面から右折して進行して来た訴外小田功(以下小田という。)の運転する被告所有の普通四輪乗用車(広5う三二-九八)に接触衝突されて該道路上に転倒し、頭部打撲裂創等の傷害を負つた。

二、ところで、浩壮は、右傷害のため、昭和四〇年一一月二四日から、同年一二月一九日まで林外科医院に通院、同年一二月二〇日から翌四一年一月四日まで中高下外科医院に通院、同年一月五日から、同年二月一三日まで右医院に入院、同年二月一六日から同年三月三一日まで伊藤胃腸科病院に入院、同年四月一日から同年五月二七日まで県立広島病院に入院して頭部外傷後遺症と胃腸障害の治療を受けていたが好転せず、実家に帰つて自宅療養につとめていたが、頭痛、不眠、焦燥等に悩まされたため、昭和四二年五月四日三次病院に入院して治療を受けていたところ、外傷を要因とする病的心因反応を併発し、同年一〇月一八日広島県双三郡作木村の発電所貯水槽で投身自殺した。

右浩壮の自殺は結局において本件交通事故に基づく頭部外傷後遺症によつて併発された病的心因反応に起因するものというべきであるから、本件交通事故による受傷と死亡との間に相当因果関係があるものといわなければならない。

三、被告は事故車の所有者であり、小田はその被用者であつて、被告の業務の執行中に本件交通事故を発生せしめたものであるから、被告は自動車損害賠償保障法第三条により、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

四、本件事故によつて生じた損害は次のとおりである。

(一)  得べかりし利益の喪失

浩壮は当時満三一才の健康な男子であつて、訴外石油荷役株式会社広島支店に自動車運転手として勤務し、年間金五一万〇、五九七円の収入を得ていたが、同人の年間の生活費として金二四万円を控除すると同人の純収入は年間金二七万〇、五九七円となる。そして、同人は平均余命の範囲内で今後少くとも三二年間は就労可能とみるべきであるから、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して同人の逸失利益を算定すると、つぎの算式の示すとおり合計金五〇八万八、八四七円となる。

270,597(年収入)×18,806(ホフマン係数)=5,088,847

(二)  浩壮の慰藉料

浩壮は前記のとおり長期間の入院ないし通院治療を受けたが後遺症が残り、労働不能となつて勤務先を退職せざるをえなくなつたのみならず、同人との結婚生活に望みを失つた妻に離婚され、頭痛感、肩こり、めまい、不眠等の後遺症に悩まされ、これらの精神的苦痛に堪えられずついに自殺するに至つたものであることを考慮すると、その精神的損害に対する慰藉料は金二五〇万円を下らない。

(三)  原告の相続

原告は浩壮の長男であり、同人には配偶者その他の相続人が現存しないので、原告は同人の死亡により前記浩壮の全損害賠償請求権を相続した。

(四)  原告の慰藉料

原告は父浩壮の許で養育されていたものであるが、同人が長期間入院後いわゆるノイローゼとなつて自殺したため父を失うに至つたのみならず、母ユキコも昭和四二年三月六日に浩壮と離婚して実家に帰つたため、現在は祖父三上武雄の許で養育されているが、かかる事情にその他諸般の事情を考慮すると原告の精神的損害に対する慰藉料は金五〇万円をもつて相当とする。

(五)  弁護士費用

原告は被告に対し前記のとおりの損害を請求しうるものであるところ、被告は任意の弁済に応じないので、原告は本件原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その着手金として金二〇万円を支払つた外、謝金として金二〇万円を本判決言渡と同時に支払うことを約した。

五、よつて、原告は被告に対し前記の損害賠償金八四八万八、八四七円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四三年九月四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告の答弁

一、請求原因第一項のうち、原告主張の日時・場所において原告主張の交通事故が発生したことは認めるが、浩壮の傷害の事実は不知。

二、同第二項のうち、浩壮が原告主張の日時に自殺したことは認めるが、浩壮の受傷の部位及び入・通院を受けていたことは不知。本件事故による浩壮の負傷は極く軽微であり、しかも浩壮の死亡は事故後約二年を経過しているから、本件事故と死亡との間に相当因果関係がない。

三、同第三項の事実は認める。

四、同第四項の事実はすべて争う。

第四、被告の抗弁

一、免責の抗弁

(一)  訴外小田は、加害車を運転して日赤病院前交差点にさしかかつた際、右交差点に進入すべくすでに南から東に右折していたところ、浩壮が前方不注視により道路交通法に定める右折車両の優先権を無視し、しかも一時停車した小田運転の加害車に斜進してきたため本件交通事故を発生せしめるに至つたものである。したがつて本件事故発生については浩壮の一方的過失に基づくものであつて、小田には過失がない。

(二)  又被告は小田の選任については注意を怠らなかつたし、その後の監督も十分尽しておるのみならず、加害車には構造上の欠陥又は機能上の障害もなかつたのであるから、被告は自賠法第三条但書により、本件事故による運行供用者責任を免除される。

二、示談の抗弁

(一)  浩壮と小田とは、浩壮の右交通事故による損害の賠償につき、昭和四〇年一一月二四日、次のとおりの示談契約を締結した。

(イ) 本件事故によつて生じた浩壮の身体の傷害並びに車両損害は自己負担とする。

(ロ) 小田の車両の損害は自己負担とする。

(ハ) 小田は浩壮に対し金一封の見舞金を贈るものとする。

(二)  原告は右示談の成立を争い、仮に示談が成立したとしても無効であると主張するが、右示談の締結については、浩壮の受傷につき林外科医院において慎重な頭部の精密検査を受け、浩壮の傷害の程度を十分確認した上浩壮と小田が自発的に合意し協定したものであるから、右示談契約が無効となるいわれはない。

三、過失相殺の抗弁

仮に被告に損害賠償の義務があるとしても、浩壮には本件事故の発生について前記のとおり、前方不注視、右折車優先権無視の過失があるから、浩壮の右過失は本件損害賠償額の算定にあたつて斟酌されるべきである。

第五、抗弁に対する答弁

一、免責の抗弁について

(一)  抗弁事実は否認する。

(二)  本件事故現場は交通頻繁な交差点であるから、小田が右交差点で右折進行するについては前方を十分注視して対向車両の有無を確認し、もし対向車両のある場合には一時停止するか徐行する等して衝突事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにかかわらず、これを怠つたのであるから、小田に過失があることは明らかである。

二、示談の抗弁について

(一)  抗弁事実は否認する。

(二)  仮に浩壮と小田が被告主張の日時に浩壮の本件事故による損害について被告主張のごとき示談契約を締結したとしても浩壮としては、自己の傷害が軽微なものと誤信して右示談契約を締結したのであるが、後日に至って浩壮は再起不能のような重大な傷害を受け、右傷害を要因とする病的心因反応によつて自殺したのであるから、右示談契約は、要素の錯誤として無効であるというべきである。又右示談契約は、その成立後において、当事者の予想しえなかつたような浩壮の重大な後遺症が判明したのであるから、右示談契約中の権利放棄の約定は解除条件の成就により当然失効したものということができる。なお、小田は本件事故当日浩壮に無理矢理示談の交渉を迫り、わずか金二、〇〇〇円の車代の外は一銭の支払もしない旨の示談契約を締結せしめたものであるが、浩壮の後遺症は殊の外重症であるから右示談契約は著しく信義則に反するものとして無効に帰したものといわざるを得ない。

第六、〔証拠関係略〕

理由

一、訴外亡三上浩壮が、昭和四〇年一一月二四日午後七時頃、第二種原動機付自転車を運転して広島市千田町一丁目日赤病院前交差点附近の道路上を鷹野橋から千田町方面に向つて進行中、右交差点を千田方面から右折して進行して来た訴外小田功の運転する被告所有の普通四輪自動車(広5う三二-九八)に接触衝突されて該道路上に転倒したことは当事者間に争いなく、〔証拠略〕を総合すると、浩壮は右事故によつて頭部挫創等の傷害を負つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二、そこで、本件事故と浩壮の死亡との因果関係について判断するに、まず浩壮が、原告主張の日時、場所において自殺したことについては当事者間に争いなく、〔証拠略〕を総合すると、

(一)  浩壮は、本件交通事故により負傷したので、直ちに林外科医院で診断を受けたところ、軽微な頭部挫創で、レントゲン検査、脳波検査、瞳孔反射ともに異常なしと診断され、すぐ頭部の傷口に三針程度の縫合を受けた後、被告会社に赴いて、小田との間に示談書を取りかわして帰宅したが、その後も昭和四〇年一二月一九日まで右医院に通院して傷害の化膿防止、脳の浮腫の除去等の治療を受けたこと。

(二)  同人はその後も微熱、頭痛、嘔吐、不眠等を訴えたので同年一二月二〇日に中高下外科医院に赴き脳波検査を受けたところ「後頭部に比対称は認められるが、他に著変なし脳脊髄液所見著変なし。」との診断結果であつたが、薬の服用過多に生来の虚弱体質、神経質的性格も加わつてか、胃腸障害と自律神経障害も併発したので、右同日から同年一二月末日まで右医院に通院、翌四一年一月五日から同年二月一四日まで右医院に入院して、止血剤、ブドウ糖の注射、精神安定剤、胃薬等の投与を受けたが、なお頭痛、嘔吐、食欲不振等が消失せず、又胃腸障害も軽快に向わなかつたため、まず胃腸障害を治療すべく同月一六日に伊藤胃腸科病院に転医入院し同年三月頃まで胃腸障害の治療を受けたこと。

(三)  ところが、浩壮は伊藤胃腸科病院に入院中も頭痛、嘔吐、不眠、食欲不振を訴え、快方に向わなかつたので頭痛と胃腸障害の双方を合せて治療するため県立広島病院に転医し、同年四月一日から同年五月二七日まで右病院に入院して治療を受けた結果、頭痛はやや消失したが、なお不眠、食欲不振を訴え、加えて外傷性てんかんの疑があつて、病院の治療では容易に軽快する見込がなかつたため、精神療養の目的で同病院の医師の指示により同年五月二八日頃広島県双三郡作木村の実家に帰つたこと。

(四)  浩壮は実家に帰つてからも一週間に一度位の割合で県立広島病院に通院して治療を受ける傍ら京都等からのみ薬や塗り薬を取り寄せて服用、塗布したり、有福温泉で温泉療養をしたがその甲斐なく頭痛、頭重感が続きさらには焦燥感、自殺念慮を呈するようになつたため、昭和四二年五月四日三次病院に入院し、脳波検査、精神作業検査、心理検査等の精密検査を受けた結果、頭部外傷後遺症兼病的心因反応と診断され、その後は同病院に入院して間脳調整剤、鎮痛剤の投与をはじめとして屋外作業に従事せしめる等して主として精神医学的治療を施したが、症候不変のまま同年一〇月一八日病院から外出し、実家から約一キロ離れた広島県双三郡作木村の発電所貯水槽に身を投じて自から命を絶つに至つたこと。

以上のとおりの一連の事実の経過を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右の事実によれば、浩壮は、本件交通事故により頭部挫創の傷害を負い、微熱、嘔吐、頭痛、不眠等の後遺症に悩まされ、薬を多量に服用したことと生来の虚弱体質、神経質的性格も手伝つて胃腸障害と自律神経障害を起し、全身倦怠感も著しくなつて、外傷を要因とする病的心因反応をおこし、全快見込みなしと感じその前途を悲観するの余りついに自殺するに至ったものと推認される。

ところで、本件における因果関係の有無を判断するにあたつては、本件交通事故と約一年十一カ月後に生じた死亡との間に、右交通事故から死亡の結果が発生することが、経験則上一般的にいつて通常発生するものと認められる関係にあることを要するものと解すべきであるところ、本件における右具体的事実関係の下においては、浩壮の自殺の遠因は本件交通事故による外傷を要因とする病的心因反応であり、またそれは偶発的なものでないとしても、後遺症に特有の頭痛、微熱、不眠、焦燥、等の精神作用に浩壮の生来的虚弱体質、神経質的性格等の特別事情が加つて自殺念慮を抱かせ、加速度的に苦痛、悲愴感をつのらせて自殺に至らせることが、経験上普通一般に発生するものであるとするには、〔証拠略〕によつても到底肯認し難く、また本件において浩壮が病的心因反応により自殺するに至るという特別事情について予見可能であつたと認めるに足りる証拠はない。したがつて本件の場合、本件交通事故と死亡との間に相当因果関係を認めて、死亡による全損害についてまで加害者らの責任に帰せしめることができないが、浩壮の本件受傷によつて発生した全損害については加害者らにその責任を帰せしめるのが相当である。

三、被告会社は事故車の所有者であり、訴外小田はその被用者であつて、被告会社の業務執行中に本件交通事故を発生せしめたものであることは当事者間に争いがないから、被告会社において特段の免責事由を主張・立証しない限り、自賠法三条本文の規定により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務を免れないものというべきところ、被告は本件事故は専ら浩壮の過失によつて発生し、小田に過失はないと主張するのに対し、原告は訴外小田の過失に起因すると抗争するので検討するに、〔証拠略〕を総合し、本件弁論の全趣旨に徴すれば、小田は、本件事故現場の交差点を右折進行するに際しては左前方から直進してくる浩壮の運転する原動機付自転車の進行状況、動静に留意の上一旦停車するか、あるいは徐行して優先車両である浩壮の車に進路を譲りもつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、浩壮の車が右折進行するものと軽信して漫然その前方を加速して右折進行しようとした過失が存することは明らかに認められ、右認定に反する〔証拠略〕は措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。したがつて、小田に過失がないとする被告の主張は理由がない。

しかしながら、浩壮においても、すでに交差点で右折を開始している小田運転の自動車に気付きながら、その動静を十分確認しないまま時速約四〇キロメートルで直進していたことが前掲証拠によつて窺われるから、同人にも事故回避への真摯な努力を怠つた過失があるものといわざるを得ず、この点は後記認定のごとく、本件損害賠償額を定めるにつき斟酌すべきものというべきである。

四、次に被告は、本件事故について浩壮との間に示談をなし、同人から免責を受けた旨主張するので按ずるに、〔証拠略〕を総合すれば、浩壮は、昭和四〇年一一月二四日本件交通事故により頭部に傷害を受けた直後、小田功を同道して林外科医院にて診断を受けたところ、軽微な頭部挫創で、脳波検査、レントゲン検査にも異常なしと診断され、頭部の傷口に三針の縫合を受けた程度で帰宅を許されたので、その帰途被告会社に立寄り、同会社において、同会社事故係藤瀬英三同席の上、小田功と面談し、その席上、右小田功との間に、「本件事故で生じた浩壮の身体の傷害並びに車両の損害は自己負担とする。小田功の車両損害は自己負担とする。小田功は浩壮に対し金一封の見舞金(約三、〇〇〇円程度)を贈るものとする。」旨の示談契約を締結したことが認められ、〔中略〕他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、原告は、要素の錯誤、解除条件の成就、信義則違反等を理由として右示談契約は無効である旨主張するので判断するに、浩壮は、右示談成立後、本件事故による頭部外傷後遺症により頭痛、嘔吐、不眠、食欲不振を訴え、自律神経障害と胃腸障害を併発して、長期間の入・通院の治療を余儀なくされたが、結局全快するに至らず、前途を悲観するの余りついに自殺するに至つたことはすでに認定のとおりである。

しかして、右示談成立の経過と示談内容に徴すれば、本件示談契約は、その成立当時、関係者に明らかであつた軽微な頭部外傷を基礎としてなされたものであつて、浩壮が後日前記認定のごとき後遺症が残り、それがため長期間の入・通院の治療を受けるであろうことを全く予想しなかつたものと推認されるから、右示談契約によつて浩壮が免除した損害賠償義務は、示談契約当時当事者が予想していた損害についてのみであつて、後日新たに発生した不測の損害についてまでその賠償義務を免除したものと認めることはできないものとするのが相当であるところ、本件における前記認定の事実関係の下では、少くとも浩壮が中高下科医院に入院するに至つた昭和四一年一月五日以後発生した損害については、後日新たに発生した損害として、右示談契約の成立とは無関係に別途に被告に対し請求しうるものというべきである。したがつて、右示談契約の存在を前提とする被告の免責の抗弁もまた失当として排斥を免れない。

そうだとすれば、被告は、被告主張のその余の争点につき判断するまでもなく、自賠法第三条本文の規定に基づき、本件交通事故によつて発生した次の損害を賠償すべき責任があるものといわざるを得ない。

五、進んで、原告主張の損害額について判断する。

(一)  得べかりし利益の喪失

〔証拠略〕によると、浩壮は本件事故前の一年間に勤務先の石油荷役株式会社から給料、賞与として合計金五一万五九七円の支払を受けていたが、本件事故により事故当日からほぼ連日会社を欠勤し、昭和四一年九月二四日に退職を余儀なくされたので、原告主張のごとく昭和四一年六月一日から翌四二年一〇月一八日までの間の収入を喪失するに至つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。したがつて、浩壮が本件事故後死亡するまでの逸失利益は浩壮の前記過失を斟酌すると概算金六〇万円の限度で肯認するのが相当である。

浩壮が死亡した後の得べかりし利益について判断するに、本件交通事故と同人の死亡との間に相当因果関係があると認められないことはすでに説示したとおりであるから、同人の死亡後の逸失利益は本件交通事故に基づく損害として容認することはできないものといわなければならない。

(二)  浩壮の慰藉料

浩壮は本件交通事故によつて頭部挫創の傷害を負い、長期間の入院治療によつても全治せず、胃腸障害、自律神経障害等の余病を併発し、ついには前途を悲観して自殺するに至つた事情はすでに認定したとおりであるが、右のごとき浩壮が受けた傷害の部位、程度、入・通院の期間、浩壮が死亡するに至つた経緯等に浩壮の死後の逸失利益を肯認しなかつたこと等本件審理にあらわれた一切の事情を総合考察し、前記浩壮の過失を斟酌すると、浩壮の精神的損害に対する慰藉料は金二〇〇万円をもつて相当とする。

(三)  原告の相続

原告は浩壮の長男であり、同人には配偶者その他の相続人が現存しないことは原告法定代理人三上武雄の尋問の結果によつて認められるから、原告は浩壮の死亡によつて、前記の全損害賠償債権を相続したものである。

(四)  原告の慰藉料

本件交通事故と浩壮の死亡との間に相当因果関係が認められないことは上来説示のとおりであるから、浩壮の死亡を前提とする原告の慰藉料は肯認することはできない。そこで浩壮の傷害による原告の慰藉料について判断するに、第三者の不法行為によつて身体を害された者の子は、そのために被害者が生命を害された場合にほぼ等しい程度の精神的苦痛を受けた場合に限り、自己固有の権利として慰藉料を請求できるものと解するのが相当であるところ、浩壮の前記の受傷ないし後遺症をもつてしては、いまだ原告が浩壮の慰藉料とは別途に自己固有の権利として慰藉料を請求できる程度の精神的苦痛を受けたものと肯認し難いので、右原告の慰藉料請求は失当として排斥を免れない。

(五)  弁護士費用

原告は被告に対し前記のとおり合計金二六〇万円の損害賠償を請求しうるものであるところ、弁護の全趣旨によれば、被告は、任意の弁済に応じないので、原告法定代理人三上武雄が原告を代理して本件訴訟代理人弁護士山本敬是に本訴の提起と追行を委任し、委任と同時にその着手金として金二〇万円を支払つた外、謝金として金二〇万円を本判決言渡と同時に支払うことを約したことが認められる。そして、本件事件の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌すると、原告がすでに支払つた着手金二〇万円と後日支払うべき謝金二〇万円の合計金四〇万円のうち金二五万円のみが本件事故と相当因果関係に立つ損害として被告に請求しうるものと認めるのが相当である。

六、以上の次第であるから、原告の本訴請求は、浩壮の逸失利益金六〇万円、浩壮の慰藉料金二〇〇万円、弁護士費用金二五万円、以上合計金二八五万円及びこれに対する本訴状が被告に送還された日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四三年九月四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから正当として認容するが、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤)

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